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20120328

「豊かさとは?ー対極的なモノ・コトをどうやって手をつながせるかー」【思考整理】



「どうやって対極的なモノ・コトの手と手を取っていくか。」


Its LOVE@上海 19参Ⅲ



1ヶ月以上Blog更新できていなかったので久しぶりの更新。
2月に修士論文を書き上げて、春休みはあちこちへ旅に行ってきた。

研究室旅行が諸々の問題でなくなったからというのもあるけど、

修了の卒業旅行は、


“誰かと一緒に風景を共有する旅” ではなく、
“1人で風景を考える旅” にしたつもり。
(もちろん旅先で、友達や素敵な地元の方々に会いましたけども。実は海外への一人旅は今回が初めて。)




無理矢理つなげて考えている思考のようだけど、
恐らく繋がっていると思うので1つの記事にまとめてみたい。



1. 海外:急成長を遂げている中国


BANDからみた浦東地区@上海。最も有名で共有されている上海の風景




海外はインターンシップ中の先輩を頼って上海・西塘・杭州へ。8日間旅した。
上海と言えばこの風景が一番始めに浮かぶと思う。

その形態こそ違えど、本質はニューヨークや東京といった都市と瓜二つ。
資本主義の経済原理と人間の私利私欲、自己顕示欲がつくりあげた風景。
その一方でそれが観光資源として大衆には受け入れられ、都市のアイコンとなり
実際に巨額の金が落ちている。

河を挟んでその対岸には、OLD SHANGHAIといわれるBANDが数キロにわたって続く。


浦東地区からみたBAND@上海


この河を境界線として対比的な都市構造は独特で非常に面白いなと思った記憶がある。
“浦東地区側プロムナードから見る上海”と“BAND側から見る上海”
ここには河を挟んで数十年という時間のギャップが存在するのである。

そんなこともあって、上海のお土産に「上海百変」を買ってきた。



新華書城HPより



百景ではないが、上海の過去と現在の風景が左右のページで対比的に見れる写真集。
景観デザイン研究室の学生にとっては非常に便利で嬉しい本。



また、今回印象的だったのは
「DESIGN」や「CREATIVE」思考で都市再生を図っている地区、事例の多さ。
“19参Ⅲ”や“REDTOWN”といったものがそれである。

 19参Ⅲ


RED TOWN
「過去」と「現在」を繋ぐ。
「DESIGN」や「CREATIVE」といったキーワードが
何年も前から日本でも叫ばれ、実験的に行われてきている。

しかし、中国の対応の「スピード」や「量」は凄まじいなと感心するとともに
その「質」については都市全体にもいえることだけれども疑問は残った。

また、これは全世界的に言えることだけれど
「面的」にまちの「過去」と「現在」を繋いでいくことの難しさを感じた。
「点的」な再開発に終わらずに周辺地域へと波及効果を持ち得るか否か。

開発された地区の直ぐ脇はまるでベトナムのよう@19参Ⅲ屋上より


週末は、先輩と一緒に杭州と西塘へ。
ここでも感じ考えたのは、「観光」と「まち」「生活」というもののバランス関係。

どちらも観光地として有名な都市。
特に、西塘は「MIⅢ」の舞台となったことからかなりの外国人観光客が流れ込んでいた。
(かくいう自分も外国人観光客なんだけど)

キャッチフレーズは「生活都市」
確かに俗にいう生活景が残っている風景がたくさん見れて素敵な都市だった一面もある。

水路沿いには人々の生活が感じられる。色とりどりの布団や衣類が干されている。

辻にあたる場所では、かなりアナログな市が 


観光客が歩き回る通路にもこん菜、珍風景


素敵な風景があちこちで散見されたけど、
どれほどの観光客がこのような風景に眼を向けこの都市のコンテクストを楽しんでいるのだろうか、疑問ではあった。

実際のこの都市は、観光地化された店店が並んでいる。
人々はそこを歩き回り日帰りで帰っていく。
MIⅢの撮影場所で写真を撮って帰っていく。

そして、極めつけはこの都市とは全くコンテクストの関係ない外国人向けのカラオケやバーの乱立。はっきり言ってこれはもう景観地区(中国は定められているそう)としては致命的なもの。

静寂は切り裂かれ、まるで新宿のような風景が広がる。


 このまちのコンテクストとは関係ない店が連なる道をこのまちを歩き回るまるで亡霊のような観光客


これは、日本の観光地でも同じ悩みを感じる。
ここにはまた来たいと思えるのだろうか。

そもそも都市、場所の問題以前の問題で、「観光」という概念に対する思考の浅はかさなのかもしれない。訪れる人、或は迎え入れる人の文化度の低さなのかもしれない。

でも、その根底にはやっぱり「資本主義」といったものが横たわっている。
どうやって上手く付合っていくかが問題。




2. 国内:地方の風景 西日本巡り(研究室調査で高開訪問も含む)

国内は、常々行ってみたかった四国を中心として中日本から西に半月ぶらぶらと旅した。
旅程:東京→名古屋→三重→大阪→神戸→岡山→広島→山口→広島→しまなみ街道→愛媛→高知→香川(その前に研究室調査で徳島へ)

地方都市と山奥を交互に行き来するようなそんな旅立ったように思う。

公共交通機関と自転車での旅立ったので時間はかかったけど、その車窓で見た風景、自転車で(徒歩で)身体的に感じ取った風景は非常に貴重なものであった。


高開集落@徳島


共にしまなみ海道を100km旅した初陣だった自転車君。


内藤先生をはじめとしてGS関連のお世話になっている先生方の関わられた場所にもいくつか立寄ることも多かった。

写真ではよく拝見していたものも、実際にその地を訪れ歩き回ると比べ物にならない情報量を得ることができる、それは良き面も悪き面も。


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良き面では、やっぱりディテールにその仕事の努力や痕跡が見えたところ。
そしてやはりその「ディテール」が「風景」を決める重要な要素であると再度心に思えたところである。

住吉の入江のディテール



閑谷学校の石積み



先日の卒業式で研究室の同期から最後にもらった言葉、


「モノをつくることで社会がよくなるということを証明して欲しい」

噛み締めながらブログを書いている。






高知駅。ボクはこの駅周辺のデザイン好きだった。



一方でディテールではなく、そのものの持つ大きさや提供する体験で十分な威力をもっているなーと思ったのが角島大橋。片道車で3時間かけて行っただけのかいはあった。
(たべちゃん、車ありがとう!)


久しぶりに大きな橋で感動した@角島大橋


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悪き面で一番に感じたのは、まちとの「シンクロ率」「面的な連続性」といったものの低さ。
メディアでは取りあげられない(表現できない)面的な広がりとそのシンクロ率や連続性といった部分でがっかりさせられる部分も多かった。

それは設計者個人の問題ではない場合が大抵であり、
公共事業の枠組みそのもの自体に問題があることは明白である。

しかし、その枠組みに文句を言っていてもことは良い方向に進まない。
上海でも感じたことであるが、点的開発が行われた結果、それが周囲に波及していく、そんな再開発・設計の強度が求められるということを再認識した。

それって物凄い難しいことで、きっと稀なケースでしか実現できないものであると個人的には思っている。(モノの質が重要という先の意見に矛盾するように聞こえるやもしれないけど)

でも、実際に最近はそのことに気づいて様々なアトリエで奉仕的にまちづくり、ソフトの部分までも含めたモノづくりが行われている。(フットワークが軽いところで)
そういった状況に学生の内に身近に触れ、思考を深めてこれたのは非常に良かった。

一方で、社会を変えるにはいつまでもそれを奉仕的に、ゲリラ的にやっている訳にはいかない。


パッケージ化し、それを仕事として職能として売り込んでいく。


売るというと、お金儲けのように聞こえるがそうではない。
企業として信頼され、より多くの仕事をし、社会を変えていくには、商売を行わなければならないと思う。

先日、先輩との会話の中であったこと。

「コミュニティー」「まちづくり」「ブランディング」「景観」…
全部、善意に満ちた生温い捉えられ方をされている。

それらが、善意的なことには変わりない。
でも、いつまでも慈善事業的にやっていては決してサスティナブルではない(個人としても企業としても)し、職能としても確立していかない。
ひいては日本は一向に変わらないのであろうと思う。

研究室、バイト先、インターン先…色んな場所、色んな人々から6年間で学んだこと。
それは善意に満ちた思想である。
(…このままだと、善意に見せかけた自己満足とも言えるかもしれない)

その善意に満ちた思想をどのようにビジネス化し、日本を変えていくか。
大きな命題だなと思う。

最近、経済というか社会の成立ち、動きについて興味を持ってきている。
(上海の先輩も同じようなことをおもって投資ファンドで働いているのかな)

是非、その辺りを議論する場を持ちたいなと思う。議論する友を探したい。
その前に勉強しなきゃなと思う。

そういう意味では
4月2日より働く大きな組織でもがくということは非常に良い経験になると確信している。

20世紀、21世紀前半は思考停止状態、思想なくて機械的に行われてきたことが多くある。

ビジネスとしての公共事業・モノづくり・地域まちづくり…なかなか難しい。



でも、思想の土台はこの6年間で十分に固まったように思う。

「風景」という思想の基で、再度公共事業やモノづくり、地域まちづくりの方法論を再構築・ビジネス化し、サスティナブルな日本再生を実現していく。

これが、4月2日からの目標である。
尊敬する坂本龍馬と同じ桂浜でそんな想いを馳せたのである。
(本当はブログで思考を書きなぐりながら思ったんだけど。笑)

桂浜にて想いを馳せる


挿入的に流れをあまり考えずに書けば、
善意ではなくビジネスとして銭湯というものをリデザインできないか。
これ、この旅で結構思ったこと。

旅行者のライフラインとしては非常に重要な役割を果たしてくれていたのもある、この度で各地の地元密着な銭湯にいくつか行って毎回おばちゃんやおじちゃんと話していて色々と伺った。やっぱり地方でさえ、どんどん銭湯はなくなっていっている一方で、大型スパのようなお店は大繁盛らしい。

銭湯文化を核にした地域ブランディング。

えびす湯(高松駅からちょっと離れた所)

最近は、女子銭湯部なるものを流行っているらしい。
ここで行ったえびす湯さんも紹介されています。
http://setouchikurashi.jp/2011/06/02/post_74/

そこでしかない何かを付加する。

人と人の交流アゴラのような知的交流の場・イベント、ここでしか体験できない銭湯の体験、地域に残っている銭湯をトータルに考えて周遊のような仕組みをつくる(温泉街では良くやっているやつをWEEKLYな感じに転用するとか)…

色々とアイデアは浮かぶけどなかなか実行に移すにはハードルが高いのだろう。
経済的な観点が一番の問題。


そういう意味では、直島に新しく出来た「I♡湯」はおもしろかったと思う。
アート、直島という地、ゲストハウスが大半という宿泊環境…
完璧に的を得た事例だと思う。

I♡湯








3. そして卒業式の日@吉見町


3月26日、長いようで短かった6年間の大学生活を卒業した。

その日の朝の出来事。
10年以上前から計画がのろのろと進んでいたバイパスがまちに完成したのである。
卒業式に向かう為に朝、駅に向かってバイクで走っているとバイパスが開通していた。

そこで感じた不思議な感覚というか違和感
Facebookや打上げパーティーの時に先生や数名の研究室のメンバーには話したが改めて書き記しておく。

これまで駅に向かう通学路は、比企丘陵の最東部分である吉見丘陵の裾野をうねうねと走っていく道であった。



通学路の風景(夏)


四季折々に山(丘)の木々の色は移ろい、その印象は変化する。
風が吹けば木々のざわめきを感じ、自然の匂いを感じる。

山からの水が流れてくる水路となっている谷になった部分は
バイクで走り抜けると一瞬空気が冷やっと感じられる。

所々、梅や桜の華やかな花が咲く。
照明は疎らで、夜は星空が綺麗に見える。

多雨があれば、沈んでしまう通学路の沈下橋。
自然との密接な感覚を与えてくれた。

沈下橋から丘陵を見る(秋)

本当に“豊かな”通学路だったと思う。
吉見で過ごした17〜18年くらいの時間は、本当に“豊かな”原風景を与えてくれたと思う。

駅までのバイクで走る、15分。

バイクに乗れないと帰れないので苦労もさせられたけど、
自分の大切な身体性を回復してくれる大切な時間だったと思う。

東京と地元吉見を行き来していたことが、結構重要なことだったように思う。
4月から東京、或は別の都市に住むのかもしれない。
なんとか身体性は失わず、変に染まらずに生きていきたいなと思う。

脱線したが、この道はもうあまり使われなくなっていくのだろう。
下手をすれば、管理の問題で沈下橋は近い将来なくなってしまうかもしれない。

バイパス道路を通った時にはこれらの感覚は全く生まれなかった。
田んぼを切り裂くように真っ直ぐ直線に整備された幅の広い道路。
確かに便利ではあるが、なにかが失われている感覚があった。

少し離れた所に走る、旧道が体験する存在から見られる画になってしまったよう。

これからこの道を通学する子供達には、
自分が体験してきたような自然との関係は構築されるのだろうか。

きっと答えは“否”で、原風景は違ったものになるのだろう。


“豊か”という言葉は定義が難しい。

それに便利なことが“豊かだ”という感覚も全否定は出来ない。
かくいう自分もバイパス道路が早く完成し、駅まで12〜13分で行けるようになったらと思っていた。

でも、その2〜3分の利便性の為に支払う代償はあまりにも大きすぎるし
風景体験の貧しさは許容し難いとさえ感じる。

旅で感じてきたことも全て同じである。

久しぶりのブログで長々書いてしまったが、
ここ一ヶ月少々の体験からくる問題意識のブラッシュアップをかなり整理できた。
(旅の写真、面白かった話などは殆どアップできてないけどそれは別の機会で)


“豊かさ”とはなにか。


我々日本人は何に価値を見出し、
これからの生き方とそれらから醸し出される風景を創っていくのか。

そしてそれらを考えていくと同時に前半で述べたように、

「風景」という思想の基で、再度公共事業やモノづくり、地域まちづくりの方法論を再構築・ビジネス化し、サスティナブルな日本再生を実現していく。


これがこれからの課題である(自分にとっても、社会にとっても)。
ありきたりなことかもしれないけど、自分の体験から紡ぎ出した言葉でブログにまとめられたのは良かった。
(書き出してから既に何時間か経ってしまった…)


この記事を見てくれて共感する部分があった人がいたならば是非議論しましょう。
結構最近の問題意識がまとまった感じはしています。


以上、4月2日から社会でどんどんアウトプットしていくぞー!!



20120209

“ピリオド”ではなく“休止符”

約一ヶ月ぶりに更新。

もう1週間以上経ってしまったけれど
1月30日に修士論文の最終発表が終わった。

でも、“ピリオド”ではなく“小休符”といった感じ。
これからどうするかはしっかりと考えなければいけないなと思う。

この三年間、橋梁の「空間性」にこだわって研究をしてきた。

修論はその中でも「囲繞性」に着目して
「囲繞性に着目した橋梁空間の評価に関する研究」というタイトルでまとめた。

思い返せば、たぶん学部1年空間デザインで見た
カラトラバのバックデローダフェリペⅡ世橋が始まり。

吊材に囲まれている橋梁内部空間にインスピレーション得たんだと思う。
実際に学部4年の時に欧州の橋を見てまわった時に現地を訪れ、その感覚を実感へと高めた。


バックデローダフェリペⅡ世橋


卒論を通して、数多くの橋(特に人道橋)を見ていく中で

「囲繞性」「領域性」「行為可能性」「調和性」「触覚性」

という5つの性質についての考察を行ってきた。

今回の研究ではその中でも「囲繞性」の1つだけを取扱った。

どれくらいの囲繞感がつくれるかといった部分に着目し過ぎても陳腐だし
それを人がどのように感じるか(どのような態度を示すのか)まで踏み込んだ。

でも、難しかったというの正直なところ。
確実に示せたのは本当に米粒のようなことだけである。

でも、分からなかったという事実
人の空間に対する見方、感性は本当に複雑であること
そのことが実感として分かっただけでもいい経験だったかな。

本当は、

橋梁を周辺環境も含めた橋梁空間という系で捉えて、
人の体験から逆算して設計を行う方法論(見方)を提示したかった。

勿論、それで失敗している例も沢山ある、大阪の人道橋とかね。
でもそれをみて、ダメだダメだといって揚げ足をとるだけでは進歩ない。

それはシビックアート、景観といったバブル期のあれこれに対する反応と一緒。

構造的合理性から設計していく方法。
空間体験から設計していく方法。

その両者からの視点をもって、ケースバイケースで
バランスよく方法論を選択していく。

特に自分は後者から新しい形態を創造する可能性が大きいと感じる。
自分は後者を軸に勝負したい。

研究成果としては評価はされないのかもしれないけど
独創的な視点で研究をできたと思っているし、その部分は自分を評価してあげて良いと思う。

さて、これは論文として世に問うべきなのか。
→指導教官に学会投稿したいと言うべきなのか。
(ポスター発表(2010)[下記]はしてるが、論文としては一回も学会に出していない)



それとも、実務において世に問えばそれで良いのか。

両者かな?

しかし、色んな方々にご迷惑をおかけした、お世話になった結果なので
大切にまとめ上げ、今後に活かしていかなければならない。

1年生の時インスピレーションのきっかけをつくって下さり、
研究室に入ってからの3年間は出来の悪い自分を丁寧に指導して下さり
重要なタイミングで的確なアドバイスを下さった佐々木先生。

インスピレーションを確信へと変えて下さった
エムアンドエムデザイン事務所の仕事の数々、そしてデザイナーの大野美代子さん。

悩んでいて手が動かない自分を鼓舞して下さった研究室の先輩や同期。

色々と相談にのって下さった学外の皆様、色んな方々に本当に感謝感謝です。



少なくとも、これは一生追い続けるテーマなんだと思う。


“ピリオド”ではなく“休止符”

感謝を胸に引き続き、頑張ろう。


20111102

柴田敏雄 「concrete abstraction」 Valerio Olgiati 展「75分間」

MIKIMOTO GINZA 2

今日は夕方から写真展・展覧会で久しぶりの銀座に行ってきた。
土地勘がないせいかちょっとした迷子になりつつも、初めての BLD GALLERY へ。


向かう途中で、 MIKIMOTO GINZA 2 初めて実物をみた。

たった200mmという外壁の薄い構造体が、ガラスに紙を貼付けた様な印象で本当に建築というよりは模型のような印象だった。

建築は伊藤豊雄さん、構造は佐々木陸郎さん+大成建設(設計・施工)
照明デザインはこの前お世話になった LIGHTDESIGN の東海林さん。

中にレストランもあるみたいなので、是非時間がある時に中も見てみたい。
夜にいって、照明の感じを是非体験したい。

銀座ってしっかりとまち歩きをしたことがないので、社会に出る前に1度ちゃんと歩きたいと思う。ファサード建築について詳しい人と歩きたいものである。




01.柴田敏雄 「concrete abstraction」  http://bld-gallery.jp/exhibition/111007shibatatoshio.html

教授から紹介された「TERRA」で以前から気になっていた写真家さんの写真展。
写真展のタイトルを直訳すると、「コンクリートの抽象」

TERRAの印象が強く、カラー写真だったことに驚いた。
2005年以降、カラー写真も撮っているとのことだった。


約50枚を見て思ったことに、「コンクリート」と「水」の「堅さ」と「柔らかさ」の対比的な表現が非常に上手い。

全くの感覚的なものであるが、

“「水」の気持ちになってダムや水路を設計する必要性”

そんな感覚を写真から直感的に訴えかけられた。

まるで、生物のような水。
それを受入れるコンクリート構造物。
家具と人の手の関係のような、そんな感覚を受けた。


また、常々自分の目標として語っている、「風景とは、人々の生活や自然の営みの醸出す…」のくだりの「人々の生活」と「自然の営み」の関係性を考えさせられる写真の数々。

人間と自然の関係性が、人間の姿はこれっぽっちもなくとも暗示的にそのシーンに表現されている。

たわいもない被写体なのに、なぜか引きつけられる写真。
被写体の選眼力と的確で緊張感のある構図、これはなかなか真似できないだろう。

そんなこんな、勢いで帰り際に 2008年のランドスケープ展の時の写真集を買ってしまった。これまた表紙にもなっている赤いトラス橋の風景がかっこよるぎる。

最近カメラもって歩いてないな…カメラを持って旅をしたい




02.Valerio Olgiati 展 http://www.momat.go.jp/Honkan/Valerio_Olgiati.html

抽選で、運良く講演会が当たって Valerio Olgiati の講演と展示を拝聴・拝見してきた。

展示は、文章主体の説明的なものでなく、観覧者が会場内を見て歩き回って建築を体験し頭の中で組立てていく、そんな体験型のプロセスを強いるタイプのもの。メタボリズム展とは対比的である。

この前のギャラリー間の五十嵐淳展とも似ているなあ…
とか思っていたら隣で五十嵐さんが模型を見ていて驚く(余談)

「垂直に立上がる模型」「水平に広がるオルジャティの図像学的自伝と図面」

素材感をなくした白い彫刻の様な模型、スケールは全て「1:33」それらが宙に浮き、図面類が地を這う。


それらを視線を移しながら、1つ1つパズルのように頭の中で再構築し、オルジャティの建築の思考プロセスを体験する。

正直なところ、スイス建築(家)に対しての知識不足も助けになって展示だけでは理解できない部分も多々あったが、こう感覚的にぐっとくる部分があったのは確か。

素材感、そこから生まれる「触覚性」
ズントーもそうだけれで、スイス建築にはそれがあるような気がする。

自分が追い求めている「触覚性」の鍵。
それは恐らく欧州的なるものであるが多いにヒントになるものである。
そこから日本的なるものへと発展させていければ良い。



03.講演会「75分間」

まず、なぜ75分間か?
という疑問が会場の誰もの頭の中にあったのではないかと思う。

結果、90分以上の講演となってその意図は達成されたのだろうか?
そもそも意図はなんだったんだろうか?


そんな疑問はさておき、

内容としては自身の生い立ちや出身地の建築の持っていたスタイルに影響を受けていて、「異なるものが共存する対立的な構図の空間を許容できる資質」をもっている、それが自分にとっての原風景とでもいえるものであるという話から入る。

その後は作品ベースで7つの作品の説明を軸にしながら自身の建築哲学を説明していた。


講義の内容はデータベース化されて英語のみであるが後で動画配信されるとのことなので、内容をトレースして記録しておく必要性はないので思ったことと感じたことだけを記録しておこうと思う。



•職人的なるモノ、科学的(エンジニアリング的)なるモノ、哲学的なるモノの共存

ここでいう、「モノ」は実際の物質というよりは、もう少し曖昧な「モノ」であって「建築」という「モノ」を意図して使っている。

この3者がバランスしながら共存し、1つの「モノ」をつくりあげているそんな印象を受けた。

具体的に言えば、「手彫りの型枠を用いたオーナメントついた打放しコンクリート」であり、そこからは職人の手がモノに加わっているという「被人為感」(筆者定義)があり、それが他ならぬ「触覚性」を生んでいる。


また、「エンジニアリング的最適解から導き出された、有機的で樹木のように伸びていく構造」であり、モダニズム(コンテンポラリー)の提唱してきたモジュールを否定し、また表面的なポストモダニズムとは違ったモノである。


哲学的なるモノについては、感覚的な理解を出ず、まだ自分自身の言葉で言語化することが出来ない。

「異なるものが共存する対立的な構図の空間を許容できる資質」
「音楽で言えばハーモニーを目指したい」
「見た通りではない、直には解釈できないとき、そこに建築の豊かさがうまれる」

といった辺りの言葉が表しているように思った、理解してから言語化したい。



•言語化できるモノからしか建築をしない


オルジャティ事務所ではドローイングをしないという、構想段階ではスケッチは禁止。
模型もつくらない。(プレゼン用はつくるんだろうけど)

「絵を描いてしまうと、人は無意識的に過去のものを書いてしまう。」

「ひたすらフォーム(形態)についての議論を机に座ってするのみ。」
「会話からだからこそ、面白いものをつくれる。」

言語化できないものは、その人間の理解を超えていて良いものは創り出せないという。
線を引く前に大体のプランは終わっていて、幾何学的な問題を解くのに図面を各程度らしい。


この話をきいて、多くのポストモダニズム的なモノとは違い、エンジニアリングに基づいたしっかりとしたモノが生み出されていることに納得ができた。




•コンテクストについて

「コンテクストは条件の一つであり、政治、経済、等々との関連の中でバランスを保ちながら、自己の図像学的自伝からアイデアをいかに入込めるかが本質である」

当たり前といえば当たり前なんだけど、コンテクスト中心の土木デザイン教育を受けてきた自分からすると、グッと心にくるものがあった。

これは土木デザインに限らず、昨今の建築にもいえること。
最近の建築家はコンテクストからつくることを学んできたがそれだけでは足りないという。

「種々のパラメーター(問題)間のバランスをとる力」と「その中に自己のアイデアをいかに盛り込むか」

これに尽きる。
neyさんに惹かれるのもこの2点を持っているからであろうと思う。



冒頭に戻って、MIKIMOTO GINZA 2 について再度考えてみたいと思う。

自己のアイデアを落とし込むことについてはとてつもなく優れている。(哲学的なるモノ?)
また、優れた構造デザイナーとのコラボレーションによって構造的なるモノでもあり、照明についても照明デザイナーとコラボレーションしていて面白いものになっている。

しかし、どこかバランスを欠いているようにも思う。
それは誰の眼から見ても明白であろうか。

恐らく、日本の商業的な圧力がそのバランスを欠く要因となっているのだろう。
だから設計者の問題ではない、という意見もあるかもしれない。



「concrete abstraction」も観てきたので、土木についても考えてみる、同じである。

その圧力の要因が商業ではなく、経済的な或は政治的なものだったというだけである。




これからの世代の設計者はそれらの圧力さえも上手くいなして、バランスをとらなければならない、それくらい高度な力量を問われていると思う。

これは、言葉で言うほどに簡単なものでなく、非常に高度なものであると思う。


でも、それが「設計」に他ならないし「デザイン」そのものである。
その結果としての「形態:カタチ」である、そう思う。


いかに豊かなストック(オルジャティのいう図像学的自伝)を蓄積することができるか。
いかに種々のパラメーター間のバランスをとるか、その中で蓄積したアイデアを落とし込めるか。


成さねばならぬことは山のようにある。
成し遂げられると自分を信じて、日々精進あるのみだ。

Believe in Myself and Be Positive.


20101117

GSDy Salon「コラボレーションとは?」

今回は、研究室の大先輩である佐々木哲也さんの持込み企画でサロンを行った。

日々聞き慣れているけど、実際コラボレーションって何?どれくらい語れるという問いかけから始まった企画。

特に今回はメーカさん側からみたコラボレーションについて話題提供を頂くため、土木系デザイン事務所とお仕事を長年されている、昭和鉄工株式会社の水野真さん、山口智さん、青柳さんのお三方をお招きし、議論を行った。





参加者は約20人。社会人、学生が半分ずつとバランスが良かった。

yoh-Labが多かったかなw

メーカー側とデザイナー側のコラボレーションがどのようなものか、実際の仕事の流れや実績事例をもとにお話頂いた。




話を聞いていると、コラボレーションってメーカーさんにとっては苦行だなと感じざるを得なかったけどやっぱり良いモノができる喜びに比べれば大した苦行でもないのだろう。




疑問は議論し尽くされている様なものかもしれないけど、デザイナーやメーカーなどの下請会社が苦労しなければ良いモノができない日本の組織体質が変わらないんだろうな…

しかし、メーカー側からのコラボレーションについてお話を聞く機会、議論する機会は皆無に近く、非常に面白いテーマだった!


また、自分の中で新たに「高欄フェチ」という言語ができたw
卒論修論と研究を通して橋を見に行くたびにしゃがみ込んで写真を撮り、触って、数多くの「高欄」を体験してきた自分の中にそんな「Fetishism」があることに気づいてしまった。

見せて頂いた実績事例の中にたくさん知っている実際に行ったことがある事例がたくさんあったが、昭和鉄工さんは本当に多くの橋の高欄に関わっているんだと実感した。

昭和鉄工さんでは、普通のメーカーが嫌がるような面倒な仕事(デザイナーさんとのコラボレーション)を真面目に、真摯にこなしているらしい。
創業130年らしい!すごい。

いつか一緒に仕事ができるような人間になりたい。うん。

あと20年後、橋の架替えラッシュが来るといいなw


福岡が本社で自社工場もそこにあるとのことで、今後見学のお誘いも頂けたので機会があればユース見学会で行けたらいいなと思う!